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こんにちは金春です。
2026年2月28日のアメリカ・イスラエルによるイランへの攻撃以降、中東情勢は非常に緊迫しています。運が悪いことに、まさにこのタイミングでドバイに滞在しており、思いがけず貴重な体験をすることになりました。本ブログにその顛末を記録しておこうと思います。
会社のブログに書くような内容ではないかもしれませんが、緊急時の会社とのコミュニケーション方法なども含め、少しでも共有できればと考え、公開することにしました。
息子2人とのドバイ旅行
事の発端は、2人の息子(双子)が「ドバイに行きたい」と言い出したことでした。1人は単純にドバイを見てみたいと言い、もう1人は航空業界を目指しているためエミレーツ航空に乗ってみたい、という熱意からの提案です。
2人の大学の春休みと、僕の仕事が比較的落ち着いている時期が重なったため、2026年2月26日〜3月4日の日程でtrip.comを通じて旅行を手配しました。
往路・復路ともにエミレーツ航空を利用し、関空からドバイ国際空港へ向かう計画でした。 宿泊先には、DoubleTree by Hilton Dubai Business Bayを予約しています。
2月26日〜2月27日:現地着から初日の活動
関空を出発したのは2月26日の午後11時。現地に到着したのは2月27日の早朝5時頃のことです。そのまま手配していた空港送迎車に乗り込み、ホテルへ向かいました。ラッキーなことに、無料でアーリーチェックインさせてくれただけでなく、予約していた部屋よりグレードの高い部屋へ無償でアップグレードしてくれました(ヒルトンの上級会員というわけでもないので、本当にありがたい対応です)。
ホテルで少し休憩を取った後、超有名なドバイ・モールへ足を運び、ブルジュ・ハリファやパームジュメイラを見物するなど、充実した初日を過ごしました。


2月28日:アブダビと紛争の開始
2月28日は、オプショナルツアーに参加し、アブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスクを訪れる予定になっていました。
美しく壮大なモスクに見とれていると、突然スマホにニュース速報が飛び込んできました。「アメリカ・イスラエルがイランを攻撃」という内容です。
「いや、めちゃくちゃ近いやん……」と焦りはしたものの、この時点ではまだ滞在先のUAEへの直接的な被害は確認されておらず、なんとかなるだろうと高を括っていました。
しかし、しばらくすると外から「ど〜ん」という重低音が響き始めます。 その直後、UAEに対してもイランから攻撃があったことが判明しました。
おそらく標的はアルダフラ空軍基地だったと思われますが、シェイク・ザイード・グランド・モスクから比較的近い距離にあったため、かなり大きな音が聞こえてきたのです。
ただ、周辺がすぐに緊迫した雰囲気に包まれたわけではなく、「え〜、余計なことするなよ〜」とぼやく程度の空気感ではありました。
その日は他の施設見学も含め、ツアーは予定通りに催行され、無事にドバイへと戻りました。
ところが、ホテルに戻るとすでにドバイも攻撃の標的となっており、ドバイ国際空港が閉鎖される事態に発展していました。
それでも、日付はまだ2月28日。帰国予定の3月4日までには少し時間があったため、「帰る頃には飛行機も飛んでくれるだろう」と楽観的に考えていました。


3月1日:想像以上の影響
この時点から、本格的に情報収集モードへ切り替えました。最も早く現地のリアルタイムな情報を得られるのはX(旧Twitter)だったため、UAE関連のアカウントを手当たり次第にフォローしていきます。
Xにはフェイクニュースも入り混じっているため、政府機関や権威ある報道機関のアカウントを中心に情報を精査しました。
UAEは英語も広く通じる国であるため、Xでもアラビア語と英語の両方で発信されることが多く、非常に助かりました。 また、アラビア語のみの投稿であっても、XのGrokによる翻訳機能が極めて優秀だったおかげで、内容の把握には全く支障がありません。
翌日3月1日は、念のため外出を控え、1日中ホテルで過ごすことにしました。息子たちはひたすらYouTubeを見ていましたが(笑)。
一方の僕は、一日中PCに張り付いて情報収集に没頭しました。調べれば調べるほど、状況が芳しくないことが分かってきます。ドバイ国際空港でもドローンによる被害が報告されており、早期復旧は望み薄な状況に思えました。
会社にはSlackで「予定通り帰国できないかもしれない」と一報を入れつつ、PCの前にはいたため、必要最低限の連絡対応はこなしていました。
この日は、食事もすべてホテル内で済ませています。
UAE防衛軍の発信
Xでは、UAEの防衛軍が頻繁に状況を発信してくれていました。
その投稿を見ていると、UAE防衛軍がいかに優秀であるかがすぐに理解できました。飛来する凄まじい数のミサイルやドローンを、なんと95%以上の確率で迎撃しているのです。残念ながら迎撃時の破片が落下し、命を落とされた方もいらっしゃったようですが、国全体として見れば驚異的な防御力と言わざるを得ません。
また、UAE政府は攻撃開始直後に「UAE市民だけでなく、訪問者も含めて守ることが最優先事項である」と公式に声明を出しました。
もちろん言葉だけでは実態は分からないものの、こういった非常事態において、そのような明確なメッセージが発信されること自体が、大きな安心感に繋がりました。
3月2日:夜だけ外出
さすがに2日間もホテルに籠もりきりでは息が詰まってきます。また、攻撃自体も少し落ち着きを取り戻しているように見受けられたため、この日の夜は事前に予約していたブルジュ・ハリファの展望台へ向かいました。
通常であれば非常に混雑し、待ち時間も発生すると聞いていたので追加料金を払ってファストパスを購入していたのですが、これは完全に無駄な出費となってしまいました。さすがに情勢もあってか、人はかなりまばらだったからです。
なぜか展望台には、インド系の観光客ばかりが目立っていました。


3月3日:再度ホテルに籠もる
本来の計画では、3月3日の朝にホテルをチェックアウトし、夜まで観光を楽しんでから、3月4日の深夜便で帰国する手はずでした。
しかしこの時点でも、3月4日の帰国便が飛ぶかどうかは不透明なままです。ドバイ国際空港は運用を再開していたものの、発着便数は通常時の10分の1以下に制限されており、東アジアへ飛ぶ気配はまるでありませんでした。
ここで決断を迫られます。「延泊するかどうか」です。
収集した情報から「しばらく状況は好転しないだろう」と判断し、延泊を決定しました。
その際、僕の直属のマネージャー陣に以下のようなメッセージを送信しました。
いつ帰れるかわからないので、俺の判断待たずに判断してもろもろ進めてください
以降も、会社のメンバーには逐一現状を報告するように努めました。
実際にはネット環境も安定しており、時間的な余裕もあったため僕自身で判断を下すことも可能な状態ではありました。しかし、いつミサイルがホテルに飛んでくるか予測がつかず、仕事よりも安全確保や情報収集を最優先すべき状況だったため、僕の確認を通さずに業務を進めるよう指示を出したのです。
この頃、UAE政府から「アブダビ・ドバイで足止めされている観光客のホテル代・食事代は政府が負担する」という非常に太っ腹な発表がありました。さっそくホテルのフロントで尋ねてみたものの、「方針は知っているのだけど、まだ具体的な手続き方法がこちらに降りてきていないんだよね……」と申し訳なさそうに言われます。そこからごねるのも面倒だったので、おとなしく延泊料金を支払うことにしました。ただ、ホテル側も我々の状況を十分に汲み取ってくれており、「限界までディスカウントするね」と、想定を遥かに下回る格安料金で同じ部屋に滞在させてくれました。
そして夕方頃、恐れていた本来の帰国便の欠航が正式に決定します。
すぐにtrip.comへ欠航の旨を通知しました。trip.comのシステムは大変よくできており、欠航情報を送信すると即座に審査され、承認されると振替便の予約手続きが可能になります。
画面上では3月5日の便が予約できそうだったため、あまり期待はせずに一旦予約を入れてみました。
この日は現地の食事にも少々飽きが来ていたので、気分転換にホテル近くのうどん屋で夕食を取りました。

3月4日:ドバイフレーム行けず
延泊が確定し、UAE防衛軍も頼もしく、アラートも鳴っていなかったため、事前に予約していたドバイフレームへ向かおうと考えていました。しかし、3月3日の夜間にドバイフレームと比較的近いアメリカ領事館へドローンが落下した影響で、急遽ドバイフレームが休館となり、訪問は叶いませんでした。
ドバイフレームのサポートからは「予約日以外でも使えるように手配するよ」と親切な連絡をもらったものの、いつ再訪できるか見当もつかないため、素直に返金をお願いしました。
ところが、いざ返金手続きの段階になると「IBAN Number(アイバンナンバー)を教えてほしい」と要求されてしまいます。 ご存知ない方も多いと思いますが、ヨーロッパや中東等ではこのIBAN Numberを用いて銀行口座を国際的に識別するルールになっています。しかし、日本の銀行はこの規格を採用していないため、IBAN Numberを持っていません。
「これはやり取りが面倒になりそうだぞ……」と頭を抱えかけましたが、ここで光明が差しました。
海外渡航時、僕は基本的に現地での決済をWiseで行うようにしています。このWiseのアカウントを開設していると、自分宛てに送金してもらうためのマルチカレンシー口座が付与されるのですが、そこにはなんとIBAN Numberも割り当てられているのです!!!!
さっそくWiseの口座情報を伝えたものの……それ以降、相手からの連絡はぱったりと途絶えています(泣)。
ドバイフレームへの訪問が叶わなかったため、代わりにドバイ未来博物館へ訪問しました。ここは何事もなかったかのように営業しており、人もたくさんいました。



一方、trip.comで3月5日に振り替えた帰国便は、案の定あっさりと欠航が決まりました。
再度trip.comで振替手続きを試みますが、利用できそうな便がなかなか見つかりません。日付をどんどん先送りにしていくと、ようやく3月8日の便が選択できました。とりあえず予約を入れてみますが、直後にtrip.comから「やはり座席が確保できない」と連絡が入ります。
「じゃあ、いつなら取れるの?」と尋ねても、「見通しが立たないので、キャンセルして返金処理にした方がよい」との回答でした。
この非常事態では代理店であるtrip.comを責めても始まりません。「それでは返金でお願いします」と伝え、全額払い戻しを受けました(ちなみに返金処理は驚くほど迅速でした)。
脱出手段の模索
関空への直行便で帰国するという望みが完全に絶たれたため、自力で別の帰国ルートを模索しなければなりません。今回のトラブルで精神的に最も堪えたのは、この「いつ、どうやって帰れるかが全く分からない」という不確実性でした。
ミサイルやドローンの脅威も当然ありましたが、実際に飛来しているエリアやその頻度、何よりUAE防衛軍の迎撃能力を考慮すると、身の危険に対する恐怖はそこまで感じていませんでした。
しかし、「帰路が確保されていない」という事実だけは、得体の知れない不安を煽ってきます。
まずは当面の居場所を確保することが先決と考え、ホテルにさらに1泊の延泊を申請し、代金を支払いました。
そこから本格的な脱出ルートの検討に入ります。 考えられる方法は大きく分けて以下の3つでした。
- ドバイ国際空港かアブダビの空港から、別の国を経由して日本へ帰る
- 隣の国(当時、通常稼働していたオマーンのマスカット空港)まで陸路で移動して日本へ帰る
- 日本政府が用意すると報じられていた退避用の特別機(輸送機など)を待つ
オマーンへの陸路移動は、車で片道およそ7時間もかかります。しかも、直通で抜けることはできず、一旦国境までタクシー等で向かい、そこでオマーンに入国してから別のタクシーを探さなければならないとのことでした。これに加えて「入国時にオマーン側の移動手段をすでに確保していないと入国を拒否される」という情報もあり、非常にハードルが高いルートです。20歳とはいえ、子供2人を連れての長距離陸路移動はあまりにも過酷だと判断し、即座に却下しました。
日本政府が用意してくれるという脱出手段についても、この時点ではスケジュールが不透明で、いつ実現するか分からなかったため、頼り切ることはできません。
消去法で、ドバイ国際空港からなんとか飛び立てる便を探すことにしました。
ドバイから西へ向かうか、東へ向かうか。湾岸諸国の空域が軒並み閉鎖されている状況を鑑みると、仮に西(ヨーロッパ方面)へ抜けられたとしても、そこから日本へ帰るフライトを確保するのが困難に思えました。そのため、東方向へ抜けるルートに絞ってリサーチを進めます。
ドバイはインドとの距離も近く、就労者や観光客の行き来が盛んであるため、インド各地へ向かう便は比較的早く運行が再開されていました。しかし、くまなく探した結果、台北(台湾)行きの便が1日1便だけ細々と飛んでいるのを発見したのです。
3月5日と3月6日の便はすでに満席でしたが、3月7日の台北便に空きを見つけ、迷うことなく予約を入れました。この段階でtrip.comのような旅行代理店を挟むと、万が一の変更やキャンセルの際に手続きが煩雑になる恐れがあったため、エミレーツ航空の公式サイトから直接手配しています。
ここで感心させられたのは、エミレーツ航空がこのような緊急事態に乗じて便乗値上げを行うことなく、平常時とほぼ同等の運賃で航空券を提供してくれていた点です。 結果として、trip.comから返金された金額とほぼ同じ予算で予約を抑えることができました。
残るは、台北から関空へと向かう便の確保です。ここはLCCのピーチ・アビエーションを利用することにしました。とはいえ、そもそも台北便が予定通り飛ぶ確証がない状況だったため、格安チケットではなく、変更やキャンセルが可能な一番高い運賃プランを選択せざるを得ませんでした(これが想像以上に高額でしたが、背に腹は代えられません)。
ひとまず必要な帰国ルートの確保には成功したため、3月7日までホテルを確保しました。これで合計4泊の延泊となります。ディスカウントを適用してもらえたとはいえ、予想外の痛い出費となりました。
3月5日:気合で観光
当面の帰国ルートも確保でき、ホテルも7日まで押さえられました。これで直近の不安材料は解消されたため、少し足を伸ばして短時間の観光へ出かけることにしました。
この日は、貴金属店が軒を連ねる旧市街の「ゴールド・スーク」へ向かいます。
お土産に手頃な金製品がないかと物色したものの、紛争の影響で金の取引価格が高騰しているらしく、ほんのちょっとしたアクセサリーでも目玉が飛び出るような値段になっており、結局何も買わずに撤退することになりました(笑)。
この日のゴールド・スークは観光客の姿がほとんどなく、どこの店舗も閑古鳥が鳴いていました。その分、店員からの客引きが尋常ではないほど凄まじく、かえって面白かったです。


ゴールド・スークの後は、少し新しめの商業施設「アル・シーフ(ドバイオールドシティ)」へ移動し、古き良きドバイの街並みを再現したエリアを散策しました。ここもやはり人はまばらです。


この施設はドバイ国際空港から近く、ちょうど離陸して上昇していくエミレーツ航空の機体を間近で見ることができました。思わずシャッターを切ってしまいましたが、このような有事の最中に民間機が力強く飛んでいる姿を見ると、言い知れぬ安心感を覚えます。

3月6日:最後の観光ならず
予約している3月7日の台北便は「3:40発」という深夜便です。予定通り飛べばこの日がドバイ滞在の最終日となるため、前回行けなかったドバイフレームへ再チャレンジしようと意気込んでいました。
朝食を済ませて少し休憩し、「そろそろ出かけようか」と話し合っていた矢先、スマホが突然けたたましい警告音を発しました。恐れていたミサイルアラートです。
UAEにはサイレンのような物理的な空襲警報はなく、緊急情報はすべてスマホに直接プッシュ通知で送られてきます。日本で緊急地震速報を受信したことがある方も多いと思いますが、あれの「ミサイル版」だと想像していただければ分かりやすいでしょう。
出鼻をくじかれる形になりましたが、さすがにアラートが鳴っている最中に出歩くわけにもいかず、外出は中止してホテルに留まることにしました。
結局、その日は1日中ホテルの部屋でダラダラ過ごして時間を潰しました。
3月6日の夜の段階で、我々が乗る便の欠航案内は出ていませんでした。「これなら確実に飛ぶだろう」と腹を括り、23時にホテルをチェックアウトして空港へと向かいました。
3月7日:無事帰宅
ドバイ国際空港内はパニックに陥るようなこともなく、非常に整然としており、利用客も皆落ち着いて行動していました。免税店やカフェなどの売店も通常通り営業しており、空港内に緊迫感などは微塵も感じられません。
予定通りの時刻に搭乗手続きを済ませ、無事に関空へと帰り着くことができました。


ちなみに背筋が凍る話ですが、僕らが乗った便が飛び立った数時間後、再びドバイ国際空港にドローンが飛来して爆発が起き、空港が一時閉鎖されたそうです。結果論とはいえ、まさに間一髪のタイミングでした。
うれしくはないけどいい経験
一歩間違えれば厄介な事態でしたが、結果的には数日間の足止めと出費で済み、家族全員が無事に帰国できました。息子たちにとっても、これからの人生における貴重な教訓になったのではないかと思います。
今回、何よりも感銘を受けたのは、UAE政府の毅然とした対応と、現地の人々の逞しさでした。あれほど緊迫した状況下にも関わらず、市民は皆淡々と日常の生活を営んでおり、店は普通に開き、Careem(中東で普及しているライドシェアサービス)の車も当たり前のように街を走り回っていました。
住民たちが「UAE防衛軍が自分たちを確実に守ってくれる」と固く信じている様子が肌で感じられましたし、政府もそれを裏付けるような強力なメッセージを積極的に発信していたのが印象的です。
あえて言うまでもなく、日本も地政学的なリスクを抱えた地域に位置しています。もし我々が同じような事態に直面したとき、日本政府は国民に対してどのようなメッセージを発するのだろうか……と、深く考えさせられました。「明日は我が身」という強い危機感を持つことの重要性を痛感した旅でした。
最後になりますが、今回の件で社内はもちろん、社外の多くの方々にもご心配をおかけし、業務面でも多大なご迷惑をおかけしました。温かいお言葉をかけていただき、本当にありがとうございました。
僕がXで「帰るよ!」とポストした際、たくさんの方から「いいね」や応援のコメントをいただき、暗い気持ちがどれほど救われたか分かりません。
以上、ドバイで予想外の足止めを食らったという体験談でした。
そんな状況でも、弊社のみんなはがんばって仕事してくれていたので、ぜひエブリサイトをはじめとした弊社サービスをよろしくお願いします。

社外もチームだ!
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gusuku Everysite(グスク エブリサイト)は、kintoneをはじめとした複数のサービスと連携し、そのデータを自由なレイアウト・挙動でWebサイトとして入出力できるフロントエンド開発サービスです。
投稿者プロフィール
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"gusukuシリーズプロダクトマネージャー
ノーコード(No-Code)の有効性に着目し、kintoneとgusukuシリーズの普及のため全国を飛び回っています。"
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